周囲の人々が心の中で思っていることが、雪崩のように私の中に入ってきて、神経がすり減っていた時期があった。16〜7才の時のことだ
たとえば、すごく不器用な古文の先生がいた。心の中はすごく暖かくて、生徒とコミュニケーションを取りたいような顔をしているのに、言葉や態度では、上手く表現できなくて、早口で一方的にしゃべり続けるだけの授業をする人だった
変な先生、とクラスメイトは一蹴していた
そうやって、上手にできない人たちのことを「変」と切り捨てるのが、その時代の「普通」であり、そんな「普通」であることこそが、子供たちにとって一番重要なことと、教育されていた時代でもあった
そんな「普通の感覚」こそが、私を傷つけていた
本当は優しい人を、「変な人」と切り捨てて一顧だにしない、そんな感性が正しいことと見做されている空気を、私は憎んでいた
誰だって、自分の中に、自分の世界があるのだろう
当時の私は、そんなすべてを受け入れることを正しいことと信じていた
合わないとか、変だとか言って、他人の世界観を否定することは、悪だと信じていた
で、疲れていた
私の中にだって、私の世界はあるのに、それを守ろうとする砦がなかった
砦を作ってしまったら、何か大切なものを見失ってしまう気がしていた
砦の必要性は感じていた
無数の価値観の海をわたっていくには、私なりの指針が必要だった
私なりのモノの考え方、好き嫌い、望む方向
砦をつくって、私の中にあるそれらを守り、育てることが必要だった
砦がない状態で、私とかかわるすべての世界観を受け入れることは
混乱以外の何ものでもなく、死よりも深い黒に引きずり込まれる恐怖で、当時の私は不眠症気味だった
大学受験を前にして、私の砦はようやく形になった
上を目指すこと
偏差値という意味で、大学の格という意味で、イケてるイケてないという感覚的な意味で
そして、その砦の中に入ってこられない、私がかつて大好きだった人たちが、遠くなっていった
その延長線上に、今の私がいる
ビジネスという無味乾燥な社会で、くだらない権力闘争と仲間意識に突き動かされる羊ども
決して、私が欲した人たちではない
しかし、私が選んだ人たち
この中途半端さが、いまだに私の砦を、あってないようなものにしている
いまだに、他人の感性が、雪崩のように私の中に入ってきて、嫌悪感でいっぱいになる時がある
シャットアウトすべし
その簡単な命令を、私は下せないでいる
下衆ども
しかし、客
私の生活の糧
でも、シャットアウトすべきなんだ
ビジネスの世界に、心なんていらない