社会への適応

人から嫌われることに慣れる 06

人から嫌われることは怖いことだと思うようになったきっかけの事件がある。

20年ほど前のことだ。その時、私は大学生で、バイト先の5才年上の社員を嫌っていた。言葉や態度にこれでもかと出して表現して、彼を嫌っていた。この程度の男が私と同じ場所で働いているという事実が許せなく、プライドを傷つけられる思いだった。私は女で5才年下だったけれど、所長から娘のようにかわいがられて将来を期待されていた。いっぽう彼は、所長の期待はずれで、そのうち辞めさせられることになった。

そんなある日、家に帰って留守電の再生ボタンを押したら、50件とか、60件とか、ありえない数を告げられた。誰かが、私の家の固定電話の番号を、出会い系サイトの電話バージョン(女性がメッセージをふきこんで、男性がそのメッセージをたよりに女性にコンタクトするシステム)に、登録したようだった。

私は電話をかけてきた男を問いつめて、それを聞き出した。「ふきこまれていた女性の声はもっと高くてかわいらしくて、あなたの声とは違っていた」と、悲しそうにその男は言った。

たんなる間違いではない。それからも似たようないやがらせが続いた。

誰のしわざなのか。——

ふきこまれていたのが女の声なのは確かなのだけれど、誰の顔も思い浮かばなかった。当時の私は女友達との縁がうすかった。大学にもほとんど行っていなかったのだから、嫌われる時間すらなかった。

犯人がバイト先の5才年上の男だという確信はあった。

彼なら私のことを憎んでいるはずだし、私が提出した履歴書から電話番号もわかる。彼は遊び好きで付き合いが広いので、知人の女にふきこみをお願いしたって、おかしくはない。

だから、彼の前で、「私は今こういういたずら電話に悩んでいる」と言ってみたのだけれど、彼は、——ふうん、と素知らぬ顔をして受け流していた。こいつが犯人だ。しかし、証拠がないので、どうにもできない。

そのうち本気で気持ち悪くなった。執拗に続くいたずら電話攻撃に、精神がやられ始めた。そのときの私は一人暮らしだった。戸締まりや背後に異様に神経質になった。

おり悪く、近所の新聞配達所ともめた。【1.強引に勧誘してくる→ 2.新聞を取ると答える→ 3.どう考えてもいらないのでクーリングオフでキャンセルする】——これを2回繰り返した結果、新聞配達所サイドがキレた。だったら強引に勧誘してこなければいいのに、2回目のクーリングオフは無効だと言って、勝手に新聞を配達し始めた。

引っ越すことにした。
そして解放された。

今思い返してみても、あの部屋とあの電話には、脂ぎった年上の男たちの憎しみが詰まったいるような感じがする。

逃げ道を残しておいてやらねばならない、と学んだのは、ずっと後だった。

自分が嫌う相手に対する思いやり。その人の面目を保つような配慮。——そんなもの、考えたこともなかった。

ただ、嫌い、嫌い、嫌い、邪魔、で突っ走ってきた。今も正直、ちょっと苦手だけれど、気をつけるようにはしている。

何が書きたいのかというと、人との戦い方について、もっと達観しなければならないということだ。

私が嫌いな人、私を嫌いな人、不可避に発生するそのような人種に対して、ある程度の思いやりを持って、うまくさばいていくことによって、私の人生は変わる。

少しだけゴールが見えた感じがする。