そもそも、親が嫌いです
私は、親としゃべりたいと思わない。会いたいとも思わない。親を大切にしろと言われても困る。彼らがかつて、私という人間を生み出し、幼かった私を育ててくれたことは知っているが、私は、それに対して感謝していない
私は、自殺願望の強い子供だった。少しでも嫌なことがあると、すぐに死にたくなった。初めて自殺を試みたのは5才の時。幼い頃の私の自殺衝動は強った。いったん収束したが、思春期に大波が再来した。生きるべきか、死ぬべきか、悩んだ末に、私は生きることを選び、現在に至る。しかし、私は今もなお、最終的には自殺で死にたいと思っている。私は常に自殺願望を抱えて生きている。それは私の遺伝子に最初から組み込まれているプログラムであり、意思や努力で逃れられるようなしろものではない。そんな私にふさわしい最期こそ、自殺だと思っている
こんな自分
こんな自分を生み出した親に、感謝の気持ちを持つことができるか?
酒を飲んで暴力をふるう父親とか、男好きの母親とか、貧困とか、そういった悪癖のある親であれば、私が親を嫌う気持ちは正当化しやすい
しかし、私の親はどれにも当てはまらない
彼らは善良な小市民で、結婚して、子供を生み、新しく家を建て、近所の人と適度に交流し、親戚といただきものをやり取りし、いさかいを嫌い、テレビや新聞のニュースを聞き流し、地元の権力者に媚びる。ただそれだけの人たちなのだ
でも私は、彼らのそんなすべてが嫌なのです
彼らの好む環境は、私の好む環境ではない
彼らの中に、私の求めるものは存在しない
彼らは、娘だからという理由で、私を無条件に愛する
しかし、私は、彼らに対して心の底から冷淡な自分を感じる
ひどい罪悪感
彼らを愛せない自分に対する罪悪感
だから、機会があれば親と会う
そして、やっぱり私は、彼らを嫌いだと思う。におい、姿形、趣向、すべて
嫌いです
だから、一生会いません
そう決めてしまうほうが、いいのかな